大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)1717号 決定 1990年7月12日
申請人 カロリナ株式会社
右代表者代表取締役 島田康作
<ほか二四名>
右申請人ら代理人弁護士 石角完爾
同 井上謙介
同 玉木賢明
同 本間正浩
同 金村正比古
被申請人 ゼネラル株式会社
右代表者代表取締役 大津忠敏
右被申請人代理人弁護士 入江正信
同 坂本秀文
同 山下孝之
同 上原理子
同 髙山宏之
同 今富滋
主文
一 本件申請を却下する。
二 申請費用は申請人らの負担とする。
理由
第一申請の趣旨
被申請人が、平成二年六月二五日の取締役会決議に基づき、現に手続中の記名式額面普通株式二七〇万株の発行を仮に差し止める。
第二事案の概要
一 被申請人は、資本金二三億二八三〇万七九二五円、発行する株式の総数四八〇〇万株、発行済株式総数一四五一万八五四三株(額面五〇円)の株式会社である。
二 申請人カロリナ株式会社(申請会社)は、被申請人の発行済株式総数の約二六パーセントに当たる三七七万九〇〇〇株を有する株主(筆頭株主)であり、申請人友田紘輝は、約四パーセントに当たる五九万二〇〇〇株を有する株主(第四位の株主)であり、他の申請人らも、被申請人の株主である。
三 被申請人は、平成二年六月二五日開催の取締役会で、次のとおり、新株発行(本件新株の発行)を決議した。
(一) 発行新株数 記名式額面普通株式二七〇万株
(二) 割当方法 全部相生産業株式会社に割り当てる。
(三) 発行価格 一株二〇〇〇円
(四) 申込期日 平成二年七月一一日
(五) 払込期日 同月一二日
(右一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。)
四 申請人らは、本件新株の発行は、特に有利な発行価格で第三者に割り当てるものであるにもかかわらず商法二八〇条の二第二項所定の株主総会の決議を経ていないから法令に違反し、また、著しく不公正な方法によるもので、これにより株主である申請人らが不利益を受ける虞がある、更に、被申請人と申請会社は、第三者割当による新株発行をしない旨の合意をしていたと主張して、本件新株の発行の差止を求めた。
五 被申請人は、これに対して、一株二〇〇〇円は公正な発行価格であり、本件新株の発行は被申請人の資金調達の必要と相生産業株式会社との資本提携を目的として決議されたもので、申請人らの持ち株比率を低下させることを主目的とするものではない、申請人ら主張の合意は存在しない、等と主張した。
六 主要な争点は、次の点である。
① 被申請人の代表取締役大津忠敏、鈴木裕之と申請会社代表取締役島田康作との間で、平成二年二月九日又は一四日、申請会社が被申請人の株式を更に買い増すことをしない代わりに、被申請人の方では第三者割当による新株発行はしない旨合意し、申請会社が、この合意に基づいて本件新株の発行を差し止めることができるかどうか。
② 本件新株の発行価格を決定するに当たっては、前回の第三者割当の発表に影響されて低下した価格は、その算定の基礎から排除しなければならないか、そして、結局一株二〇〇〇円は「特ニ有利ナル発行価格」かどうか。
③ 本件新株の発行は、申請会社の持株比率を低下させることを主目的とし、更に、相生産業に被申請人の本社工場の跡地をほしいままにさせ、会社の財産を散逸させることを目的とするなど、著しく不公正なもので、株主である申請人らの利益を害する虞があるかどうか。
第三争点に対する判断
一 争点①については、申請人ら主張の合意の存在を疎明するに足りる資料がない。
二 争点②について判断する。
争いがない事実及び本件疎明資料によって一応認められる事実は、次のとおりである。
(一) 被申請人の株式は、大阪証券取引所第二部に上場されており、その株価は、平成元年九月まで四〇〇円台から一二七〇円台までの間を上下していた。ところが、後記のとおり申請会社が株式を大量に購入し始めた同年一〇月ころからは高騰して高値一九五〇円を記録し、同年一一月には高値二四五〇円、同年一二月には高値二九〇〇円、平成二年一月には高値二五〇〇円となり、以後は一九〇〇円から二九〇〇円の間を上下するようになった。
(二) 被申請人は、平成二年六月七日開催の取締役会で、本社工場の移転等の事業計画の達成に必要な資金調達を行うとともに、相生産業との資金提携を行うためであるとして、記名式額面株式四〇〇万株を一株一三〇〇円で同社に対する第三者割当の方法で発行することを決議した(前回決議)。
(三) しかし、申請人らが右新株の発行の差止めを求める仮処分を申請した結果、同月二二日、当庁において、右の一三〇〇円は市場価格に照らして極めて低額であるから「特ニ有利ナル発行価格」に該当し、商法二八〇条の二第二項所定の株主総会の決議を経ていないから、前回決議による新株発行は法令に違反するなどとして右申請を認容する旨の決定がされた(当庁平成二年(ヨ)第一四五一号、第一五〇二号)。
(四) そこで、被申請人は、前回決議による新株発行を撤回し、同年六月二五日開催の取締役会で、前回決議と同様の理由で、今度は発行価格を一株二〇〇〇円、発行株式数を二七〇万株と改めて本件新株の発行を決定した。
(五) 被申請人の株価は、平成二年五月一〇日二五〇〇円で、同年六月四日から同月一二日まで二四〇〇円から二三六〇円の間で推移したが(前回決議の直前の取引日である六日の終値は二三六〇円)、同月一四日二二〇〇円、一八日一八九〇円、一九日一九三〇円と低下し、二二日は後記のとおり二一五〇円と少し持ち直した。
(六) 被申請人は、前記仮処分決定の判断と証券業界のいわゆる自主ルール、すなわち、「決議した取締役会の直前日の終値、又は直前日を最終日とし、六か月以内の任意の日を初日とする期間の終値平均に〇・九を乗じた価格以上」を発行価格とする、との考え方を尊重して、本件新株の発行価格を一株二〇〇〇円と決定した。そして、被申請人の株価は、本件新株の発行が決定された取締役会の直前の取引日である同月二二日(金曜日)の終値が二一五〇円、同月一五日から同月二二日までの終値平均が一九九〇円、同月一一日から二二日までの終値平均が二一五七円で、いずれもそれに〇・九を乗じた価格は二〇〇〇円以下であり、同月一日から二二日までの終値の平均が二二五六円で、それに〇・九を乗じた価格は二〇三〇円であった。
(七) なお、被申請人は、当初から再度の決議により発行価格を変更して新株を発行しようとしたのではなかった。
右の事実によれば、本件新株の発行価格は、発行価格決定直前の市場価格に近接した価格であって、公正な発行価格というべきであり、「特に有利な発行価格」とはいえない。
確かに、被申請人の株価は、平成二年六月一二日二四〇〇円であったが、前記の仮処分申請があった後の同年六月一四日二二〇〇円に下落し、更に同月一八日一八九〇円に落ち込んだが、同月一九日には一九八〇円に、更に二二日には二一五〇円に再び上昇しているのであって、もともと、市場の株価は諸般の情勢を反映して時々刻々変化するものであるから、この程度の下げ幅は特に異常なものとはいえないこと、同月二二日の二一五〇円という価格は同月一日から二二日までの終値の平均とも掛け離れた価格ではないことからすると、本件新株の発行価格を決定する際に、特に同月一四日以降の株価を除外しなければならない合理的な理由はないというべきである。
三 争点③について判断する。
本件疎明資料を検討しても、本件新株の発行が、申請会社の持株比率を低下させることを主目的としたものであるとか、取締役の会社に対する重大な背任行為にもなりうる会社財産を散逸させること等を目的としたものであることを疎明するに足りる資料はない。
むしろ、争いがない事実と本件疎明資料により一応認められる事実は次のとおりである。
(一) 被申請人の主要事業は、インクリボン等のOA機器関連用品の製造販売であり(総売上高の七一パーセント)、その本社工場は、大阪市城東区内の合計約八〇〇〇坪の自己所有地内にある。
(二) 申請会社は、ナイロン・ポリエステル等の合成繊維の撚糸加工と販売、ニット生地等の加工染色と販売等を業とする資本金六一億六〇〇〇万円の株式会社であり、その株式は東京と大阪の各証券取引所第二部に上場されている。
(三) 申請会社は、平成元年一〇月ころから被申請人の株式やスイスフラン建転換社債を短期間に大量に購入し、被申請人に対し、同年一二月ころ、三万四〇〇〇株、次いで三七四万五〇〇〇株の名義書換を請求し、そのころから平成二年四月ころにかけて、役員派遣等の問題について人を介して被申請人と交渉を重ねた。被申請人は、現在、三七七万九〇〇〇株(持株比率約二六・〇五パーセント)の筆頭株主となっている。
(四) 被申請人は、昭和六三年八月の取締役会の決議に基づき、滋賀県甲賀郡に滋賀工場を新設することにし、平成元年八月までにその第一期工事を完成させた。そして、被申請人は、滋賀工場の第二期工事と同時に、本社工場全部を滋賀工場に移転させて、生産拠点を集中させ、これによって企業経営の効率化を図ることを計画し、その具体的準備も進めていた。
(五) 被申請人としては、右の計画を実行するためには、滋賀工場第二期工事(二階建工場棟と四階建事務所の建設等)のために約三一億円、本社機構ビル(鉄筋五階建ビル)建設のために約一五億円、本社工場の跡地利用とそれに関連する新分野開拓の調査のために約四億円、更に、本社工場の移転による運転資金の増加分として約五億円が必要であり、右資金を調達する必要があった。
ところが、平成元年一〇月以降の被申請人の株価の変動率、各月毎の売買高、値付率が証券会社の内部取扱上、公募による時価発行の条件を充たさなくなっていたため、被申請人は、公募による時価発行によって資金調達をするのが困難な状況にあった。
(六) 相生産業は、昭和四三年六月六日設立された不動産の管理・売買等を業とする資本金二〇〇〇万円、従業員一〇名の株式会社であるが、同じく不動産業やその関連業等を営む数社(各社の資本金は二〇〇〇万円から九〇〇〇万円まで)とともに企業グループを形成している。
株式会社タニヤマは、昭和一三年一二月一七日設立された送風機の製造・販売等を業とする資本金九〇〇〇万円の株式会社であるが、右企業グループの一つで、被申請人の本社工場の道路を隔てた隣接地に工場とその敷地を所有し、その全株式一八〇万株は相生産業が所有している。
(七) 被申請人は、平成二年二月ころ、相生産業との間で、移転後の本社工場の跡地を利用して新分野開拓のための事業提携をすることにし、更に、前記資金調達のために、同社に第三者割当をして新株を発行することにし、平成二年六月七日開催の取締役会で前回決議を行い、その後前記のとおりの経緯で本件新株発行を決定した。
(八) 本件新株の発行により相生産業が被申請人の株式二七〇万株を取得した場合は、申請会社の持株比率は二一・九パーセントとなり、申請人友田紘輝のそれは三・四三八パーセントとなるが、申請会社は依然として筆頭株主であることに変わりはない。
右事実によれば、本件新株の発行は、被申請人の具体的な資金調達の必要に基づくものであり、その決定過程も特に不自然、不合理ではないというべきである。
ただ、被申請人と相生産業との間の業務提携の具体的な内容、その将来性、それに対する経営判断等については、不明の部分もあるが、それらは、発行価格が公正なものである以上、原則として被申請人の取締役会の判断に委ねられているものというべきである。
第四まとめ
本件申請は、被保全権利について疎明がなく、保証を立てさせて疎明に代えることも相当ではない。
(裁判官 八木良一)